早くも1年が過ぎ去った

 市議会議員になって早くも1年が過ぎ去った。

 先日、地域懇談会をさせていただいたときに、この間の自分の議会での発言を振り返って、レジメに記載させていただいた。

 自分で言うのも何だが、1年生としてはがんばってきた方だし、議会での発言時間も回数もトップクラスで、議会に関心を持ち、傍聴に来ていただいた方々には、私の言いたいことは理解していただけたのではないかと思う。しかし、議員活動は議会だけで満足していてはいけない。 
 SMSやメールでやりとりをしている小中同窓の友人からは、あなたは政治家になったんだから、実際に政治を動かさなければならない。もっと市民の中に入って自分の主張を堂々と言い、同調者を増やして行かなければならないとの厳しい指摘も受けている。この友人は東京近くに住んでいるので、特に放射能問題での私の鈍感な対応に業を煮やしたようである。反原発を掲げるならもっと先頭を切れというのである。自分ではがんばっているつもりでも、西日本と東日本には実際に生活するに当たっての切迫した事情という面で温度差がきついように思うかぎりである。

 昨日、励ます会の幹事会があって、私の1年間の活動報告と今年度の活動方針のたたき台のようなものを示させていただき了承を得た。これで事務局長と2人で原案を作成する。

 大きな要の一つは街頭宣伝に打って出ると言うことである。場所は富田、下田部地域、そして摂津富田と高槻の駅頭である。月2回程度は出来るようにしたい。ではなく、やりきらなければならない。

 もう一つは現在実施中のミニ懇談会の継続、そしてこのブログの定期化である。で、まずは出来るところからと、ブログに挑戦した次第である。これからは、固い内容ばかりでなく、ほかの方のブログのように活動日誌やエッセイ調のものに変え、内容もさながら持続に力を入れていきたいのでご了承いただきたい次第である。

 で、まずは今日の活動報告。

 朝からは総合交流センターで開かれた「避難者の声を聞く会」に出席、その間に電話が2本、市議会で新会派「高槻 市民の会」が福井浩二議員と吉田稔弘議員によって結成されたという連絡、もう1本はかけ直したが通じず。議員控室にって、懸案事項について京都市障害福祉課と交渉。国保課と連絡を取って頼んでおいた国保の資料について説明日の予約。家に帰ってこの間出席した会議の資料に目を通して処分するものと分類して残すものとを区別するがなかなか進まない。だんだんと机の周りが書類の山になっていく。そうそう今日こそブログをと書き始めた次第。このあと録画してあるNHKニュース9と興味があればクローズアップ現代を見、「薔薇、または陽だまりの猫」(http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005)を確認。「低線量・内部被曝の危険性」(耕文社)も読みたいし、昨日送られてきた「世界」も読みたい。まだまだ夜は続いていくのである。